花宇宙 ひとつらなりの生命(いのち)


幸島百番目のサルによる自然生活だより。
by sunnyww-yo
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最優秀賞は変な女性(ひと)に

2012-05-23

お昼前から幸島の前の浜に、先日金冠日食を共にしてくれた
チルドレンが20名ほど集まってくれました。

金冠食から今日まで私に起きていることをシェアーさせて
いただけました。

それは,とあるゲーム優勝の副賞に
もうひとつの地球

もらったという報告です。

なに~?それ~?うっそぉ!!

あほらしい!!

そう思われても仕方がありませんが、私は宝くじで三億円当選したより
嬉しく、あまり多くの人には言わないように「にんまり」しています。

蛾の時代

そのゲームの始まりは結婚21年目の記念日あたりから始まりました。
友人夫婦とホテルで開かれるフランスから腕のいいシェフを招いての

お料理と美味しいワインをいただくために、駐車場からホテルの会場に
向かっているときでした。

月のとてもきれいな夜でした。
月明かりに誘われて飛んできたガのように、突然のひらめきです。

「あ~~私は結婚していた!」ことに気づきました!
もうこのあたりの話からついてこれない人が・・・(笑)

何を言っているの?今結婚記念日で食事会に・・・?
夫に申しわけない・・・と思いながら口数少なく歩きました。

誰にも悟られないように自分自身との会話が始まりました。
それでは今まで私はどうしていたの?そしてだれ?

この問いに即座に「旅行者」という答えが返ってきました。
わ~やばい!!私3人の子どもも生んでしまったのに・・・?

そして答えているのは「もう一人の自分」。
本気で自分の立場を考えている私がいました。

その日はとりあえず、自分をごまかし美味しいごちそうと
ワインを楽しみいただくことに集中しました。

その日から夜中の2時を過ぎるころから目覚め、いろいろと
過去の自分の過ごしてきた時間のことを思い出すのです。

まず24時間いつでも入いれる循環風呂にはいります。
このころは目も良く見えていたので、本を一冊持って入り
ゆっくり湯船につかりながら読んでいました。

そうすると、身体が温まるにつれてまるで言葉が発酵して来て
心地よいリズムで詩のように文章が生まれてくるのです。

あまりに面白いので、落書き帳に書きとめるのが日課となりました。
それまで物を書くなんてことのできなかった私はリズミカルに出てくる

言葉のおかげで、自分が今まで歩んできた人生を振り返り、
それがこれからの人生とどうつながるのかが鮮明に見えてきました。

それが終わるころには朝日が昇ってきます、その朝日に向かって
当時の愛犬と大淀川の堤防をゆっくり時間をかけて散歩します。

まだ家族を起こしたりお弁当の準備に入るには時間が早いので、
「存在の詩」を抱えて大淀川にかかる橘橋の下に行きます。

そこには近所の御老人やホームレスのような人が、
釣り糸を垂れているいる人の近くにゴザをひいて何するでもなく
たむろして時間を過ごしておられました。

そのうち私も仲間に加えてもらって、愛犬と私の場を空けて
もらえるようになりました(笑)

その時は分りませでしたが「モモ」の中にあった「時間の国」に
どうやら私は着いていたようでした。

そしてそれは天の虫と書く「蚕」がふ化し蛾になったような
イメージで私の「我」が生まれた時期でした。

それからです、世の中の経済中心の仕組みに気づいた私が、夫を
相手にその仕組みの説明をはじめるのです。

そしてその糸口として、毎日の生活の見直しにあることを提案するのですが、
何しろ子どもの小さかった頃からの話を引っ張り出し説明しようとする私の
話は、彼自身が責められているように感じるらしく解り会えませんでした。

またその当時の私には、私の身体の中で起こっていることを説明する
言葉を持ち合わせていませんでした(共通言語がない)

結婚後、新築の家に2度も住まわせてもらい、生活には何ひとつ
不自由なく暮らせていた私でしたが、私にも何がそうするのかが
良く解りませんでしたが、とにかくイライラするのです。

それを世間では更年期障害と呼んで、女性を貶める病気の診断を
するのですが、幸い趣味のバドミントンでストレス解消ができていたので、

さほど気になる症状ではありませんし、夫にぶつける元気がある私は
身体はいたって元気なのですが・・・心が晴れません!!。

結婚21年も過ぎ、子どもたちもそれぞれに進学し、
何の問題もないように過ぎてきた日々を蒸し返され、

何をどうしたいのかも具体的に話せない私の話しでしたから
聞く方も辛かったと思いますが、私も息苦しさで死にそうでした。

そんな時期に出会ったのが、前出の鳥山敏子さんや地球村の高木さんの
講演やワークショップでした。

そして「たましい?」の存在をしり、私の中で私に語るもう一人の
私に「魂」と言う呼称で再会することができ腑に落ちました。

それから「精神世界」というジャンルの書物や「波動」、「気功」
「宗教・哲学」、「教育学」、「神秘学」、「人間学」、「人智学」。

「絵本」に「童話」手当たりしだい気になる講演を聞き、本を読みました。

知りたい

という興味を満足させるべく、知識に飢えている私は

人生で初めて自分から書物を手にし人の話に耳を傾け

学ぶ喜びを知りました。

遅い!!ですよね・・・40歳を過ぎてました(汗)

しかしそれを書いた先人たちの智慧は、私の魂の飢えを満たしてくれ
私は人生で忘れかけていた「役割のようなもの」を思いだすことができたのです。

時を超えて先人たちと会うことができました、波動のすごさです!。

その時、「書物はすごい!!」と実感し「サルとはここが違う!!」
となんだか人間に生まれたことが嬉しく感じられました。

「本が読めて・・・?」バカみたい!!
本当にバカでした、これを関西ではアホと言いますが(笑・汗)

その時の人智学者シュタイナーの思想を受けて書かれた童話、
ミヒャエル・エンデの「モモ」が私の人生を変えてしまったのです。

たった一冊の童話がです。

なぜなら、そこには私が苦しみ、多くのお母さんたちが苦しんだ
原因や解決法のヒントが書かれていたからです。

良くTVや映画で古くから伝わる言い伝えや、昔の書物からヒントを得て、
宝探しの旅に出かける「冒険家の物語」スピルバーグの世界そのものですが。

一冊の童話を頼りに「冒険に出る決心」をしかかっている私は子どもの
父親と共に行きたかったのです、どうか解ってもらえないかと毎日

チャレンジしてみるのですがぜんぜん通じる様子がなく、仕事を終え
私の話しにつきあうことが苦しくなった彼は、夜の街に出て夜が更ける
まで戻ってこなくなりました。

私は四十路を過ぎ、三人の子持ちで、学のない普通の主婦ですから
このゲームの募集を感じた時から、私は枠外だと思う自分もいました。

そのゲームの募集要項は、いろんな書物の中に隠されていて、
それを見つけるのも楽しみでしたが、「説明できない人生ゲーム」に

はまってしまった自分を当時の友人にも説明することができず
本当に苦しい日々を送っていました。

その当時私の周りの人に相談しても帰ってくる言葉は想像できましたが
相談せずにはいられず、一人だけ口を滑らせたことがあります。

帰ってきた言葉は、「もう少し我慢したら、この家はあなたの天下になる」でした。
義理母と同居していた私を見て、友人には夫と同じように
今の環境を悔いているように聞こえたのでしょう。

「次元が違う!!」「観ている世界が違う!!」と言いたいところですが、
観えてない人に行っても始まらないので「そうねぇ~」と苦笑いです。

そんな時、今いる串間市市木の対岸の野生ザルの島、幸島にある
京都大学の研究所に絡む河合雅夫教授の講演会「人間とは」に
誘ってくれる友人Mさんがいました。

講演会当日、友人に頼まれてその会場設営などを手伝うことで主催者の
三戸サツエさんにお会いすることができました。

一部の小学校の教科書にも紹介された、サルの観察を続ける中で
「サルの芋洗い」を発見された白髪のきれいなあの三戸先生です。

その先生もこの4月97歳で天国に召されました(合掌)が
当時「幸島自然苑」という空間を持っておられました。

そのおかげで幸島の近くにある先生の事務所にたびたび遊びに
行くようになりました。

もともと市木集落へは年末になるとお歳暮用の「ポンカン」を
生産直買している家に何年か前から来ていましたので、海あり山ありの

市木で過ごす時間は、流れがている空気もちがい時間の心地良いこと。
癖になります(笑)

すっかり事務所でもお馴染さんにしていただき、当時のスタッフの方がたと
海に入ったり、温泉に入ったり、本当にのんびりした時間の中で癒され
本来の自分に戻って行くことができました。

そんな時間の中で現在の連れ合いのYさんにも出会っていました。

こむずかしそうな顔をした彼は私の苦手な秀才タイプだったので
直接話すことはあまりなかったのですが、0戦のプロペラを

利用したイルカ風車を造っている姿は少年のようでした。
そして彼がこの事務所に来るまでの道のべでとったという

草花の写真を見せてもらうのが何よりの楽しみでした。
その写真からは私が子どものころに見たいのちを感じる原風景がり、

匂いや風をも感じるような優しく愛情深い作品でしたので、
何回何時間見ていても飽きることはありませんでした。

彼に対しても自然と苦手意識が薄れ、撮影時の話しなどを聞き
楽しく時間を過ごすようになり、いつの間にか誰にも話せなかった
心のうちを話すとようになりました。

すると彼は他の人とは違って、私が話していることが分かるらしく
彼の愛蔵書の中から一冊の本を手渡してくれました。

バグワン・シュリラジニーシ・和尚 「存在の詩」でした。
分厚い本でしたが借りてかえり開くと吸いこまれるように、

バグワンの講話を映像で見ているかのように、
その場面に吸いこまれて感じている自分がいました。

当時の私は末の子どもの入試前に習った「波動による速読法」を
少し身につけていましたので、一気に読め楽しめてしまいました。

それから読んでも自分なりに体験を通さないと解らない私は、
新しい本借りて読むたび「読んでこう思ったので、こうしたら

こうなった」などなど、読書家のYさんがびっくりするくらい
の速度で魂を成長させてしまいました。

でも「精神世界は入ったら出てこれない世界だから」と真剣に
止めるように説得してくれる彼がいました。

当時、私は三人の子が世界を旅するようになった時、どの
国も平和で安全でないと親として心配でした。

せっかく激戦地から無事戻ってきて、いのちをつないでくれた
亡き父の悔しい思いを平和の世に受け継ぎ大切に使いたかったのです。

そしてその子どもたちが安心して生活が愉しめる環境を残したい。

合わせて病気になってからの手当法ではなく、死ぬまで元気に過ごせる
生活の知恵をお母さんたちに伝えて行きたいと思いました。

そこで、これからの人生の時間はこの課題に
いのちをかけようと思うようになっていました。

その思いを子どもの父親に話すのですが、なぜだか通じません。
彼は医学系の大学を出ていて「学生運動のデモ」の経験もあり

「今こそ子どもたちのために立ち上がろう!」と誘っても
一向に私の方を向いてくれませんでした。

「戦わないで、世界を平和にする」これがどうしたら可能かが
分るかもしれない大切な時間の旅です、同行者が欲しい私です。

話し始めて二年近く過ぎていましたが溝は深くなるばかりなので、
これ以上彼を苦しめることはやめ、一人でも「冒険の旅」に出る
決意をしました。

「銃後の母になるより、子供の盾に慣れる母」を目指して!!

その決意をした翌朝のことでした。

子どもたちを送りだしてひと段落して、彼を起こしに寝室に入ると
ベッドサイドに座って声を出して泣いている彼がいました。

22年の間で見たことのない彼の姿に「どうしたの?」と

驚く私が訪ねると、走馬灯を見せられたと・・・

なに?それ?

それって死ぬ時見ると言う「あのソウマトウのこと?」
そうかもしれないけど「二人の結婚してから今日まで22年間の・・・」

それも私の気持ちになって見せられたというのです。
「やった~旅の同行者ができた!!」と喜び「それで?」

と聞くと彼曰く

ここまで成長したら、おめでとうと言うしかない

そう言われてしまうと、がっかりしましたが「やっぱり」と
感じている自分がいました。

こんなことが起きてお互いに別居を納得せざるをえなくなりました。

改めて天に「なぜ私ですか?」と質問すると
現在社会で起きている問題の意味を理解し、解き方のヒントも

あなたは見つけたから・・・と返事されましたが、条件が
「非対立・共生」そして「楽しく」です。

自分以外のものに責任を押し付けるのではなく、
自分自身が変わることでまわりが変わる方法


それを見つけるのはた易いことではないと想像がつきます。

決心はしたものの40歳を過ぎた自分の全人生をかけるには
楽しそうですがリスクも多いような気がしました。

そしてもう一度天に「私はこの生活に定住したいですが、どうして
私なのですか?」としつこく聞きました。

すると天の声は あなたは元気だから・・・

これには返す言葉がなく、妙に納得して「この人生ゲーム」に
チャレンジすることにし冒険の旅に出ることにしました。

よくいわれる言葉に「こんなことなら死んだ方がまし・・・」
私も身体があって「説明できない生き方」をする寂しさを

いやと言うほど味わいながら、あふれる涙と言うのはこのことかと
身体中の水分が無くなりそうな程の涙を誰にも見られないよう
流しました。

しかしこの涙には、ふたつの意味がありました。

自分が閉じ込められていた世界からの解放された喜びと、
愛する家族との別れに対するせつなさから来るものでした。

でも私には「この愛する人たちも絶対解放するぞ~~!」という
硬い決意がありました。

という長~い説明でお分りいただけると幸いですが・・・

こんなゲームに20年前応募して、最優秀賞をいただいて
その副賞がなんと「星ひとつ」いただけたのです。

大きすぎて誰にも見せられないのが残念ですが・・・
料理店の☆からすると少ないのですが、ほんものの星です(^^V

こういうことを還暦を過ぎた私が言うのですから、ヘンな女性(ひと)。

でも私には真実なのです。

そこでその話を信じられ、その星の住人になる可能性のある
チルドレンが今日この幸島に集まってきたという訳です。

もともと近くのの神社に参拝予定だった彼らの集まていたところに、
偶然参加することになった私の遊びを共有してくれ、
その場にいた22名のチルドレンが輪になり歌い踊りました。

三児の母Yちゃんのこぼれるような笑顔でのあいさつ、マッキーの歌
「手と手のぬくもりが・・・何よりの真実」と歌いました。

そのあと私は「星をもらった女性(ひと)」の話しを語りました。
そのイメージを共有してもらうため大切に飾っていた「クリスタルの地球」
を中心に据えてみんなが輪になったまま聞いてくれました。

お天気も良くとてもきれいな空気が流れているのを感じられました。
生まれたままの姿で遊ぶ子どもたちの姿は平和そのものでした。

「人生ゲーム」スリル満点! 最高!
これまで私とご縁をいただいた全てのいのちに感謝しています。

そしてここまで楽しく無事私をゴールまで導いてくれ、
そしてこの旅の乗り物となってくれ、これからも私の

この世の時間の許す限りの大切な最強軍団六十兆の仲間である
  
か ら だ 

ひとまずありがとうございました。

これがゲームの終わりでこれからがわたしの仕事の始まりです。
育ててくださったこの国、この地球に恩返ししたいと思います。
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by sunnyww-yo | 2012-05-23 16:10 | こころとからだ
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