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花宇宙 ひとつらなりの生命(いのち)


幸島百番目のサルによる自然生活だより。
by sunnyww-yo
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最近の遊び

家から歩いて防風林を抜け5分ほどで素敵な浜に出ます。
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そこで最近、心配いただいた長雨も上がり、お天気の良い
暑い日が続きますので、夕方にななると散歩がてら海に行き
ボデーボードに乗っています。

まだまだ初心者なのでうまくは乗れませんが
気持ちよく波に浮かんでいます。

都会生活だとこの歳になって海に入る機会もないでしょうが、
運動不足解消にもなるし、暑さ対策にもなり一石二鳥です。

何といっても地の利を生かして、サーファーの若者に混じって
波乗りを楽しんでいます(^^)

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# by sunnyww-yo | 2012-07-15 17:12 | Diary

出雲から戻ってきました。

6月28日から出雲に出向いていました。
シーターヒーリングのセミナーに参加していました。

そして7月1には、5時起きで出雲大社と元宮にお参りし、
セミナー終了後は佐田神社にもお参りして、帰路に・・・。

セミナーに参加するたび、迷いも生じるけど、
自分自身の可能性が広がるのも感じます。

自分自身が「豊か」になるために生まれてきたはずなのに
それをブロックしている項目の多いこと・・・

でもそれも必要必然だったとしたら、より自分自身の
無意識にフォーカスしてクリァーになり、自分自身の
本質に向き合い、自由に創造を楽しみたいと思いました。

無欲の大欲
この大きな世界観から、私自身の世界に具体的な色づけを
経験して、より豊かな世界の創造をしていきたいと痛切に
感じ、いただいた新しい星で、それを生きることにしました。

私自身にこの成果が落ち着いて来たら、ご縁のある方に
還元していきたいと思っています。

それにしても良く降る今年の梅雨。

この地方の産物のオクラも花が咲く状況になく
収穫が激減しています、この調子ではお野菜の値段は
高くなるし、今月末が収穫期を迎える水稲も気になります。

天の恵みに感謝しながら、今日を大切にと改めて感じています。

ご一緒に、新しい星の創造主になったつもりで、
今から意識し、行動をとり、楽しみましょう。

其々が勝手な動きをするように感じられるかも知れませんが、
全てとつながっていることを其々の本質は知っています。

リラックスして、自分自身の身体から湧きあがる声に、
耳を済ませて下さい・・・心地よい風を感じながら・・・。

10年後の生存は誰にも保障はされていません!!

将来のゆめなどといっていないで、今舵を切って
向かわない限り、夢に行きつく可能性は少ないと思います。

高学歴や高収入の人だけに、創造の自由が許されれているの
ではありません、全ての人に託されています。

今の環境で、今の時間の使い方で、ご自分が平穏で豊かな生活を
受け取っていると感じていますか?

少しゆっくりできる空間に身を置き、自分自身を感じる時間を
持つことをお勧めします。

そんな時間が流れている、ここ宮崎県の南端市木は素敵な空間です。

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# by sunnyww-yo | 2012-07-02 21:40 | Diary

母よ目を覚ませ!!

20年前、子どもたちの笑顔を奪いたくない
そう思って、世の中の仕組みを少しずつ探り続けました。

その時、この世で「自由と平和」をてに入れることが
最大の幸せにつながると確信し、自分自身を見つめなおす
ことの大切さに気づきました。

そんな思いを上手く表現してある文を紹介します。

「母の時代  深い智慧に生きるために」和田重正著

二、追いつめられた母親

母親の苦しみ

どうしたわけか、近年私のところにいろいろ困った問題のある子
をもつ母親が訪ねてきます。
ほとんどが母親ですが、どの人もどの人も、良くこれに堪えている
なと思われるような困難なわけのある子を持つ母親です。

暴走族、家庭内暴力、構内暴力、家出、シンナー、万引、登校拒否、
無気力など、度の一つをとっても親の身になったら息の詰まりそうな
ことで、どうしようもありません。

これは主として中学生以上の男女の青年たちですが、学校へ相談に
行ってもたいていの場合、先生は逃げ腰でテンデ話にならないこと
が多いし、何々相談所と看板をかけているところに行くと、大てい、
育て方が悪かったのだと母親が専ら責められるばかりで、一向に手
がかりになることは教えてくれないのが普通です。

こんな子を持った親の気持ちは八方塞がりです。
その八方塞がりの闇の中で、それでも何かの手がかりはないかと
思って、玄人に見放された人たちが素人の私のような者のところ
へ、藁をもつかむ気持ちで来るのでしょう。
むろん私などに妙手のあろうはずはありません。ただ悲しい苦し
いお話を何時時間も聞くだけです。

そんな話を一年中聞かされている私は、このお母さんたちが心から
気の毒になります。三十才代からせいぜい四十才代の、まだ人生経
験の乏しい若い人たちがこんなに苦しまなければならないたはどう
いうわけがあるのだろう、と考え内ではいられません。

一つ一つの場合を見れば、親が自分の生活ばかりに心を奪われて、
子供は喰わせておけば育つんだと思って放っておいたたえに、子ども
はいつも心淋しくて異常な刺激を求めて道を外れて行ってしまったか、
あるいは反対に、あまりかまい過ぎたために自主性を失わせてグータ
ラにしてしまったとか、いわゆる教育ママの典型のような人もありま
す。

親の心に描いた人間像の子どもを当てはめようとして幼稚園や小学校
時代から生活を規制して、子どもの自然な精神の発達を阻害したため
に、中学か高校生になる頃その仕返しを受けて困り切っている人もた
くさんいます。これが有名な登校拒否で、日本中には何千人か何万人
もいるのでしょう。

一々解説を加えて行ったら一冊の本になるほど話のタネはたくさんあ
りますが、いずれにしても大変なことです。
一つ一つの場合をとってみれば、なるほど直接の原因は専門家の先生
方の指摘されるようなことでしょう。
そしてそれは大ていの場合は、その子を幼少から育ててきた母親の責
任だと言われても仕方がないでしょう。

しかしその母親たちが、何故そのような過ちを、過ちとは知らずにや
って来たのだろうかと考えてみれば、ぞっとするような事実にぶつか
ります。
どんなお母さんでも、わが子の幸せを願っていない母親はいないでし
ょう。その願いの強弱の差はあっても、ともかく幸せを願っています。

まさか前に挙げたような、自滅の道へ故意に追いやった人はいないで
しょう。むしろ「よかれ」と思って努力したのでしょうが、多くの場
合、親が努力すればするほど子どもは急激におかしくなって行ったに
違いないのです。
これはいったい何なのでしょう。どこに間違いがあったのでしょうか。

一口に言えば、世の中全体の向かっている向きが悪いのです。
人間にとって大事なのは何か、つまり価値観が間違っているのです。

お金をたくさん儲けて、便利重宝な品物を豊富にそろえ、人の上に
たつ立つ高い地位を得て、多くの人を見下すようになるのが、人間の
幸せというものだ・・・こんなことを、人々をして本気で考えさせて
きたのは?

そうです、政治です。

その政治は何によって操られているのでしょう。
それは産業経済によってです。


この政治、産業、経済界という実力団体が、その実力を維持発展さ
せるために教育を支配し、教育の向かうべき方向をその実力集団に
奉公させるように周到な計らいをして来ました。
戦後三十数年来の日本の教育は、被教育者である青少年一人一人の
幸せを願って仕組まれていたのではありません。

専ら産業の隆盛、世界の先進国い産業面で追いつき、追い越すこと
を願っ
計画されてきました。
それを達成するために、使い易い既製品のような産業適格者の大量
生産を実施して来たのです。
そして人々は、その線に乗って行くことを幸せへの道かと思わされ
ました。

文部省以下の教育関係機関は息せき切って、その指示に従おうとし
て奮励努力してきました。

むろんその第一線が学校です

学校は見栄も、教育的信念もかなぐり捨てて、国家の大方針に従い
ました。
そしてその方針を遂行するために、あらゆる研究努力を重ねて来ま
した。
そしてその学校の方針を信じ切って盲目的にそれに巻き込まれて行
が、学生生徒の親たちです。

この国家の大方針は成功を収めて、一時、産業経済の高度成長時代
をもたらしました。
そしてGNP世界第二位にのし上がり、産業界はわが世の春を謳歌
しました。

この大成功の裏面には、取り返しのつかない悲劇が演じられていた
のです。青少年の精神的全面的崩壊です。
大袈裟ではありません。ありのままの現状です。

・・・・・・・・
このようにして30年前に時間泥棒の正体を知り、日本という国の
あり方を伝える先人がおられたのを私が知ったのは、つい先月のこと。

20年前に知っていたなら、私は和田先生に師事し、自立からは遠のき、
今の私はなかったものと思います。
これも必要必然で、この時期に出会いがあったことに感謝し、この苦
しみを味わった者として、「非対立・共生」での解決法を真剣に探し
構築して来ました。

振り子が最大限ふり切ったなら、反対方向に進むしかないこの時期に、
私は望んで生まれたのだと思っていますし、地球が大きな転換期(進化
)を向かえる上で、なにがしかの影響を与えることができる喜びと、
未来に対する希望を持って日々生活しています。

2002年、それまで創造主に応募していた、シナリオが当選し、2003年
舞台が日本一のお山、富士山に決定したことなど、人生のどこを話して
も面白い展開をしていきます。

それは私が、囚われの身から自由を手にいれてからのことです。
さぁ~~勇気をだして・・・ご一緒に大空を飛びましょう!!

時空を超えて、モモが戻ってきた(^^)

お付き合いありがとうございました。


 
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# by sunnyww-yo | 2012-06-26 16:57 | こころとからだ

百番目のサル・ケン・キース・ジュニア著

序文から

この夏(1980年ころ)、、二つの出来事が集中して起こりました。
それらは、私が必要としていたものを補足し、世界中に広まった脅威
について、かねて私が述べようとしていた計画を実現させる、大きな
力になったものです。

その一つの出来事は、1980年11月、
核兵器は人間の健康のためには受け入れることができない
という主題で行われたシンポジュームの模様を録画した「最後の疫病」
というビデオ・テープを見たことです。

私はそのシンポジュームに集まった医師や科学者たちの核に対する深
い認識と、彼らの熱意に、大変感銘を受けました。
彼らの深い経験、洞察力、そして勇気は、私の心に、過去の私の考え
を再調整する必要があることを悟らせてくれました。

つまりそれは、いま世界に起こっている声に自分の声を加えて、声高
に話し始めるのは、現在をおいて他にはない、ということを教えてく
れたのです。

二つ目の出来事は、百番目のサルという現象を知ったこと
です。私はこれを、マリリン・ファーガソンとカール・ロジャースの
対談の中で知りました。

この現象は、われわれがある事に気づき、その人数がある量に達する
と同時に、われわれの全てがその事に気づくようになる、ということを
示すものでした。
この百番目のサルの話は、私の直感にもとずいた仕事の基本
線に対する信頼感を、私に再確認させてくれました。
その基本線というのは、自分自身、あるいは他人への理解と愛というも
のは、エネルギーの拡大する広いをつくりあげて、それが
世界に大き伸びていく力となり得る、ということです。

そしてそれは、核兵器の破壊による、地球最後の日という
物語をくいとめる力になり得る、という希望を私に与えてくれました。

無力さを感じたり、絶望して麻痺状態に陥る必要はありません。
私たちは、力を合わせ、共に声をあげれば、変化をもたらすだけの力
がある、ということを知っています。

そして、すでに、私たちが今までに見たこともないほどの力が集まって
います。私たちがこれらのメッセージを広げて行けば、その力は急速な
曲線を描くような形で、大きくなっていくに違いありません。

私たちは、その新たなヴィジョンを持ったヒトなのです。

私たちは、古くて破壊的な神話を打ち破り、それに替わるものとして、
この惑星の上で私たちの生活と生命を存続させていくために欠かすこと
のできないもの・・・人生を深め、豊かにするような人の真実・・・を
もたらすことができるのです。

1981年12月 ケンタッキー州・セントメリーにて
ケン・キース・ジュニア。

この百番目のサルのことを知って、どうしても
幸島のある宮崎県串間市市木に住み、生き方を通して「人に
まねてもらえるような方法」を模索して早18年が過ぎよう
としています。

日本人は原爆を経験し、福島原発事故を経験した今、世界にとって
核の被害者でもあり、加害者でもある自分の立場を理解し、自分に
できることから始めるのが良いと思っています。

私は今一つの百番目のサル現象を起こせるかも知れない
ヒントを見つけた気がしています。

世界中の誰にでもでき、場所もお金もかけないやり方で、実現可能な
方法であると自信もちょっぴりあります。

ぜひ試してみて、拡げて下さい。
あなたの人生が大きく変わり、豊かになること請け合いです。

呼吸を整え、天地に感謝をし、自分自身の願いを完了形で唱え、
その後
世界が笑顔と対話で平和になりました、ありがとうございます
と3回唱え祈ることです。

人間の想念や祈りは、言霊の力で現実を引き寄せ創造することができます。
特に人にも自分にも優しく穏やかな波動で祈ると、より素敵な事が早く
起こります。ぜひ信じて使ってみてください。

私はこのやり方で、18年間お金をかけないで豊かな生活を送っています。
もちろん、必要な時はお金も入ってきます(^^)

簡単な事なので、信じられないか、続けることが難しいと思いますが、
生まれたままの姿でできる祈りの力を今こそ信じましょう。

特に子どもを持つお母さんの祈りは未来を大きく変えるパワーがあります。
機会があるごとに、ひとりでも多くのお母さんや女性に伝えて下さい。

ケン・キース・ジュニア氏が百番目のサルを書いてから、すでに
30年以上が過ぎているのです。

今日始めてくださるあなたが百番目のサルかも知れないのです。

ご一緒に祈りましょう・・・ありがとうございました。
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# by sunnyww-yo | 2012-06-21 15:17 | こころとからだ

いのちの花を咲かせる・・・2

人は究極の困難や苦しみの中から、明るい方向を見出す力が
きっと生まれてくるはずだと私は信じています。

最近以前から座右の書としている「百番目のサル」
核戦争から人類を救う百番目のサルとは?
ケン・キース・ジュニア著 ・ Yモンキー編
昭和59年3月31日  佐川出版。

この書物の訳者であるY・モンキー氏(広島出身)が、
はじめに、という書き出しで言っている文を届けます。


核兵器は良いものだと思っている人は、どこにもいません。
けれども、現に核兵器ガ存在している、という現実について
は、だれもが、どうすることも出来ないと考えています。

すると、これから先、そういう状態がいつ終わるあてもないま
ま、私たちは人を愛し、子を育てていかなければならないので
しょうか。
始まって三十分後には頭上に核ミサイルが飛んでくる、という
現実の中で、いつ消滅してもおかしくない明日を考えながら、
私たちは生きていかなければならないのでしょうか。

百番目のサル・・・アメリカで核の教科書
といわれているこの本の中には、三つの重要な事柄が書かれて
います。

第一に重要だと思われるのは、私たち日本人にはほとんど知ら
れていない核、核兵器、核戦争に関する重大な情報が、ぎっしり
詰まっている、ということです。

第二に、人類が核戦争の破滅から逃れられる唯一の方策を提示し
ていることです。
著者のケン・キース・ジュニアーは、核戦争から人類を救うのは
百番目のサルの出現だ、といいます。

それは、いっけん途方もない物に見えますが、きわめて実際的な
ものともいえます。
確かに、それ以外に人類が核の袋小路から抜け出せる方法は、
ないかもしれません。

第三は、その百番目のサル出現にむけてのメッセージ
です。この部分は、何しろは百万部のベスト・セラーを持つ著者
が、著作権を放棄し、精魂をこめて訴えようとしたところです。

・・・略

現実にアメリカは自ら核兵器を持ち、かつ、それがたった今、この
瞬間にでも発射できる状態にあります。
そういう状況の中に生活しているアメリカ人の核戦争に対する現実
感は、まがりなりにも核を持っていない日本人のそれとは、比較に
ならないほど緊迫したものでしょう。

著者が完全を期そうとし、結果、やさしさに多少欠けたとしても、
むしろ当たりまえなのかもしれません。
いずれにしろ、核戦争に、対岸の火事はありません。
これを読むと、いったい自分がどういう状態におかれているのか
、身にしみてわかります。
中には、私たちの現実感とは遠いところもありますが、なるたけ
そのまま訳出しておくことにしました。

そういう彼らの必死の思いを知ることこそ、もっと大切なことなの
かもしれない、と思ったからに他なりません。
加えて唯一の被爆国である日本人として、知っているいくつかの事
実と、百番目のサルに関連して気がついたことを、第四
章として補足させていただきました。

核兵器も核戦争も、自分の内外に敵をつくること、対立することに
よっては、決して解決しはしません。
むしろ対立によって核兵器を生んだ、というのが、まぎれもない事実
です。
それ故にこそ、百番目のサルの出現が待たれるのです。

九十九番目のサル  Yモンキー。
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# by sunnyww-yo | 2012-06-21 15:04 | こころとからだ

いのちの花を咲かせる・・・1

昨夜から台風5号の影響で、雨が休みなく降り続いています。
地元の消防団の警戒パトロールの車が水しぶきを上げ走ります。

そんな中でパソコンに向かえることは幸せです。
    
  ・・・・・・

「いのちの花を咲かせる」ことが出来た、その生活には喜怒哀楽が
柔軟に表現され、人間としての優しさや強さなど、また先人を通じ
て私の中に生きる知恵も呼び覚まされ、一段と健やかな生活を送る
ことができます。

自分自身のいのちの特性に沿った出会いが生まれ、そのご縁の輪が
より豊かな人生を創造し、世界をも変えて行く力になると思ってい
ます。

そのためにたましいを抜かれたからだにたましいを取り
戻す方法をず~~と考えてきましたし、その実践もしてきました。

それが生きなおしをした私の使命でもあり喜びでもありました。

教育によって洗脳された「大脳の記憶」を修正し、本能的な力を
平和的に引き出す方法を「母親の立場」で研究してきました。

元気な気を抜かれて病気

病気をどうすれば元の気に戻せるか・・・それも医学に頼らず。

人には元々、自然治癒力なるものがある
どんな治療をしてもそこに火がつかなければ、人が元気には
なれない・・・そこをどうするか?ハートに火をつける。

人間といえども、大自然の中の一つの生き物、それゆえ太古からの
生命の智慧を受け継いでいるはず・・・。

ある日私は、大脳にダイレクトにつながっている器官があることに
気づきました。
それは触覚器官である皮膚にコミニュケーション能力が
あると思えたのです。

無脳症で生まれた赤ちゃんでさえ、誰かが抱き触れることで、笑う
時があると言いう事実を知って、嬉しくなりました。

皮膚は最も本能に近い「快・不快」を感じる能力を持っています。
怖いことなどに反応して「トリハダ」が立つと言うくらいですから。

この器官を通して「愛を伝える」ことができたら、
本能的に知っているはずの「愛の感覚」を目覚めさせることができた
なら、そのいのち本来の力が蘇ってくるはず。

しかし、そこで問題なのが「愛とは・・・」
あれこれ書物に目を通し、愛を語れる人の話に耳をかたむけ、愛が
ありそうな所にアンテナを伸ばし、浜辺を歩き、拾ったポリタンク
を叩き歌にならない歌を歌い過ごす毎日。

そんな私には「愛とは」「愛のエネルギーとは」どんなものであるか
を知っているという自負がありました。
なぜなら、40歳前後から夢の中で、その絶対至福に至るエネルギーを
年に2~3回、私が忘れない程度に味わっていたからです。

だれが触るわけでもない眠りの中で、目覚めるととても平穏で至福の
エネルギーに満たされた私が在るのです。
それは何があっても信頼できる、大きな安心で包んでくれるエネルギー
のようで、からだに溜まった汚れが浄化されるように、気分が最高に
優しく華やぐようなエネルギー体験です。

しかし、これはあくまで私の夢の中での出来事です、他人をこの世界に
連れ込むことはできません。
どうすればこのエネルギーを現実に手に入れ、苦しい思いをしている人
の呪文を解くことができるのかが、この時からのテーマになりました。

そう思うとゆっくりする間もなく、そのための出会いが始まりました。
お天道様は、決心したら状況を生み出す力の早いこと、早いこと。
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# by sunnyww-yo | 2012-06-21 10:54 | こころとからだ

魂を抜かれたからだ・・・2

「母の時代・深い智慧に生きるために」  和田重正著から

さらに困ったことは、子供たちの親までが、学校の掛け声に
躍らされて、競争社会だ、学歴社会だと称して子どもたちを
震え上がらせ、彼らをあらぬ方に興奮させ、またヤケにさせ、
慢性的無気力状態を作っています。

このように学校を中心に、家庭も協力して青少年の知と情の
精神生活を極端に悪くしているのは否定のしようがない事実
ですが、それではそれは先生たちや、校長や教育委員の責任
かと言えば、必ずしもそうとは言えないと思います。

むろん多くの中には、箸にも棒にもかからないような教師も
いるでしょうが、それはむしろ少ないので、多くの学校教育
の関係者は、学校教育の現状をこれでいい、とは思っていな
いのだろうと思います。

なんとか、教育らしいものに変えて行かなければ、と日夜苦労
しているのが現状ではないかと思います。

でも実際、それら現場あるいはその周辺の人々がどんなに懸命
に努力してもビクともしないのが、

学校教育という怪物なのです。

「産業化社会の結末」

では、そうなっている原因はどこにあるのでしょう。
その怪物を怪物ならしめている力は何なのでしょう。

それは政治、産業、経済という、この世の中を実際に動かして
いる実力なのです。
その三者の中でも一番大きな力をもっているのは、産業であり
ましょう。

今は科学文明の時代です。その科学文明を最も活用しているのは
産業界であります。その産業界の動向によって政治の方針が決め
られるのが現実です。総理大臣でも産業界の親玉には頭が上がら
ないのを見ればわかるでしょう。

共産国や社会主義国では勿論、資本主義国でも、外見は政治が
産業を指導し規制しているように見えますが、内実は逆で、産
業が政治を支配しているのが実際です。

共産国でもあまり政治先導の建て前を押し通そうとすると、必ず
内外に破綻をきたします。
そのことはソ連や中共の実状をみれば明らかでしょう。

余計な話になりますが、我が国の政治と産業の関わり合いはほと
んど百パーセント産業優先型になっています。
したがって我が国の戦後の政治は、ともかく産業最優先政策を
とって来ました。

教育も国防も、福祉さえもその政策内で考えられて来ました。
その無理が現在いろいろな形ででているのですが、その話は
残念ながらよけて通ることに致します。

産業最優先の政治を行おうとすれば、要するに売ってお金の
儲かるものを、短時間にできるだけたくさん作るのに都合の
いいよぷなことを。政策を通じて行うことになります。

この方針が、産業界から特派されているような文部大臣を
通じて、各学校に通達され、それが具体的教育として実施
されているわけです。

そうだとなれば、学校という公の施設が、「人間の幸せ」とか
「人間の成長」を考えるのは、産業に有利である範囲内だけで
あって、本当に行うのは、産業要員として使い易い既製品の
大量生産です。

むろん産業界で働いている社長さんたち一人一人が、そんなこと
を意識してやっているとは思いませんが、結果としてそうなって
いると言うのです。

そしてわが国では、その方針を図に乗って強行してきたので、気
がついてみると若者たちがみんな「人間性」を抜き取られ、
たましいの希薄な道具になっていた、というわけです。

あまり図に乗ってたましいを抜いた道具製造に力を入れ
させたので、産業界にも役立たない腰抜けばかりが作られているの
に気づいた産業界もあわてだしているのが現状かもかもしれません。

ともかく道具には自発性のないのは当たり前ですがたましい
を抜かれた人間は道具にもなり切れず、本能的欲望は曲がりなりにも
残っているので、これがいろいろな形で噴出して来ると始末に負えない
行動となります。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように和田重正氏は30年前にこの著書を通じて、私たちの置かれ
ている「この国」の現状に気づき、この産業最優先に向かっている舵を
「真の人間の幸せ」や「平和」に向けて切りなおすチャンスが近い将来
来ることを予想しながら、書き残された気がします。

それは私自身が20年前に人生の舵を大きく切ったことにもつながる力
を感じます。
その力とは「自分一人の幸せが世界の全てとつなっがている」
という大きな喜びを感じるパワーです。

それはミクロな世界からマクロの世界までつながって相似性をなし、自分
一人の健やかさを真剣に追求すれば、宇宙までつながっているという感覚。
そして生かされている意味や感謝が湧いてくる毎日の生活。

そのような生き方を手にいれ毎日を送ることが、
いのちの花を咲かせる」
ということだと私は思っています。
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# by sunnyww-yo | 2012-06-21 09:25 | こころとからだ

魂を抜かれたからだ

戦後、私たちは経済発展と共に、一見安全安心を手に入れ
高等教育を受けてきたかのような錯覚?をしています。

私たちや未来の子どもたちが、安心安全に暮らせる社会が
出来あがっているでしょうか?

いえそうではなく、この国に住む多くの人が自分自身の命を
絶ってしまう現実から何を学べばいいのでしょうか?

そのために、戦後の教育とは一体何を目的に推進されてきたかを
考えてみるのに分かりやすく参考になる文章を見つけました。

「母の時代  深い智慧に生きるために」 和田重正著
1982年12月10日 初版発行

精神活動がボヤケてきたP54から

科学文明の弊害の面を簡単に取り上げてみますと、科学文明の
追って来たのは前にも述べたように便利、安全、快適、高能率
といったことですが、それらのことは要するに、物質的欲望の
充足ということでしょう。

その目的を達成するには自然、大量生産が目論まれ、一面それを
円滑に回転させるためには金銭経済が確立される必要がありました。

これらのことは百年あるいは二百年かかって人間社会に浸透して
きた現象だから、人々は案外目先の華々しさに眩惑されてその弊害に

気づかないできましたが、実は科学文明即ち物質文明の急激な発展に
伴って人々は、人間が何千年、何万年もかかって進化の途上で獲得
してきた勝れたものを、見る見るうちに失って来ているのです。

 まず、努力、忍耐、工夫力、創造力(連想力、想像力)勘の
はたらき、手足の器用さ、仲間意識(連帯感)、これらの能力が
ここ20年来、若者たちの中から音を立てて崩壊してきました。

最近数年間はその崩壊速度が加速度的に著しくなって来ています。
それは筆者だけの感想ではなく、およそ日頃青少年と接触し、その
様子を観察している人なら誰でも気がついているはずです。

 ただ不思議なことは、小中高の学校の先生方の中に、この事実に
気がついていない人が意外に多いということです。
これはいったいどういうことでしょう。

われわれが何かの用事で学校に行ってそういう先生たちの実態に
接する度に、この社会自体の急激な崩壊を目の前に見る思いのす
るのは、明治生まれの老人の取り越し苦労のせいなのだろうか、
と嘆かされます。

 それはさておき、先にあげた努力、がまん以下のいろいろなことは
すべて、いわゆる精神的な要素をより多く含んだ力です。
ところが、人間が他の生物と異なる特徴は、その知情を含む精神活動
にあることは前に述べた通りです。

そうだとすると、精神活動がボケてきたということは、人間らしさが
失われてきたということになります。
もし優秀活発な精神活動が無くなってしまうのならば、ホモ・サピエンス
から類人猿に逆もどりするだけですから別段問題はありませんが、そうで
はなくて、精神がボヤケて来たのではどうにもなりません。

こんなに積極性に欠けて、しかも本能的欲望ばかりに引きずり廻される
人間が、世の中の大半を占めるようになったら、どうなるのでしょう。
惨憺たる結末になることは目にみえています。

中略

若者たちの、徹底的自己中心的(ほねおりをさける)生活姿勢と
グータラさ、無気力さをみた大人たちは、彼らを劇しく責めますが、
それは無理な話です。彼らは好んでそうなったのではありません。
不知不識のうちにそうされてしまったのです。

だはその真犯人は何者でしょうか。

それは教育である、政治である、産業である・・・と人々は簡単に
、そしてひとごとのように答えます。
私も機会あるごとに、至る処でそのように叫びます。

しかし、このような人間社会の壊滅的な状態を、もっと希望に満ちた
ものに立て直すことを本気で願うならば、そのあたりのところでひっ
かかっていてはケリがつかないことに気がつくでしょう。

それはまったく中途半端な問題の捉え方であって、本当の解決は
そのあたりのところにないことがわかるはずです。

なるほど青少年が急激にこうなって来たのは、彼らに働きかけている
教育環境が極端に劣悪だというところに原因があることは、誰でも
認める通りです。殊に、学校教育の根本的動向・・何を目指して現実に
教育が行なわれているか・・・という点に、極めて非人間的なものが
混じっていることが明瞭に指摘されるでしょう。

知育と称して行われていることは、相手の個性や能力や好みに構わず、
一律に知識を詰め込もうとし、その成果を単純な点数で評価するばか
りか、その評価を絶対視し、その上にさらにむやみに競争心を煽りた
てて青少年を慢性的不安焦燥状態に落ち込ませています。

これがいったい人間の教育でしょうか。
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# by sunnyww-yo | 2012-06-20 16:25 | こころとからだ

からだの役割・・・2

からだ・・・って言うくらいだから空っぽがいい。

食べ物もお腹いっぱい食べるより、メリハリをつけて空腹時間も必要。
また腹に想いをためておくのもからだには良くないと思う。

とにかくからだは空っぽの状態が必要な容器。
打てば響くように・・・反響する場が必要だと思う。

物事を理解することを腑に落ちるという表現があるように
落ちるための空間が必要になる。

落ちるところは丹田
物事がここに落ちおると、からだが勝手に理想的な方向に動くことがある。

どんな理想かといえば人生を幸せに導くため。

食べることをセーブすることは出来るとして、腹に不消化な考えや経験を
ため込まないためにできること・・・手放す方法として。

気になっていることが、どのように完了すれば喜びになるかを良く考えて、
それを完了形にして言葉にすること。

神社やご先祖様にお願いする時も、21世紀型祈りは、完了形が
おすすめ!

自分自身の想いが強ければ強いほど、イメージがはっきりすればするほど
実現するのが早く、幸せの実現した舞台に立つ私は幸せ。

私のからだは神様がこの3次元を旅するために、私のために作って下
さった特別仕様の最高級の乗り物・・・
もちろんあなたのも同様です(^^)

私は20年ほど前から、からだ(乗り物)の扱い方に興味を持ちその後今日
まで、その目線で多くの方のからだの手入れを通じて人生
関わってきました。

とにかくお金を掛けない自然に沿った方法を第一として考えることに。

たいていの場合元気な時は気付かないことも、どこかが不調になると
生き方、つまり時間の使い方を見直す必要に迫られる。

それが当たり前のからだのしくみ・・・。
しかしそのからだの声を聞けない時を重ねてしまうと病気があらわれる。
これはからだからの大切なメッセージ。

ゆっくり自分と向き合う時間と空間をもつことが大事。

その結果進むべき道(時間の使い方)が気まった時、傍にいる人たちと
違う道を選ぶことになるかも・・・勇気が必要。

この時私の行動を見ていてくれるのが、お天道さま(^^)
雨の日も風の日も・・・夜も昼も・・・安心。

足るを知る・・・からだがタルであることを知るのも面白いかも。
タルになるために、冷えたビールの飲みすぎはよくないですが。
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# by sunnyww-yo | 2012-06-19 13:05 | こころとからだ

からだの役割・・・

月始めから約二週間の旅を終えて戻りました。
毎回旅先での出来事や出会いは、からだの感じるままに
まかせることが多いのですが、これに慣れていない人は
戸惑うことが多いでしょう。

私がいう「からだにまかせる」とは?・・・
一言でいいますと、「心地の良い方向に進む」ということです。

が、なかなかこれを実行できる人は少ないように思います。

なぜなら、出来ない皆さんは真面目だからです(^^)

子どもの時、十分に安心安全を保障された空間で遊んだ経験を
もつ人は、大人になっても人生をクリエイト出来楽しめ、
死ぬまで元気で過ごせる可能性が高いです。

子どものころ、大人の顔色をうかがいながら、教科書に沿った
勉強で優秀に育った人は、インプットされたデーター内での
創造には強いのですが、いったんデーターにない状況が起こると
パニックを起こすことがあります。

そのため自分自身で判断することにためらいがあり、会議という
面倒臭い時間をたくさん必要としますが、これは公の場合には
仕方がないにしても、個人の生活では個人の感性に沿った生き方が
幸せな人生を生み出すことになると思います。

またその幸せが集まって、社会の幸せの輪が拡がっていきます。

例えば、主婦は毎日のお天気や財布の中身などを考慮しながら
家族の食事の準備をします。

家の冷蔵庫には何があって、野菜畑では何が育っていて使えるかも
考えますし、家族の年齢や健康状態はもちろんのこと、様々な要素を
考慮しながら毎食繰り返しこなしていきます。

このやりくりの経験から得られるデーターや機能は相当優秀なパソコン
搭載のからだ(乗り物)が出来上がります。

これを子育てが終わった50歳頃から社会参加する機会をつくり、
その経験知を教育や行政に反映させることができればいいなと思って
います。

特に核家族化してしまった現在社会においては必要なことだと思います。

そのためにもう少し、からだの特徴、性差など外見だけでなく、精神性も
含めてからだのもつ機能を知る機会を、義務教育の段階で取り入れていくと
自然と共生しながら豊かな人生(時間)を送れることでしょう。

つまり自然との共生なくして私たちの豊かな生活はあり得ないことを
まず再認識して、自分の置かれている環境をゆっくり観察することが
大切かな・・・と思います。

そのために、からだで感じる経験、肌で感じるとも言いますが、からだは
頭で判断するより信じらないくらい瞬間的に状況の把握をしてくれます。
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# by sunnyww-yo | 2012-06-17 08:02 | こころとからだ